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悲嘆(グリーフ)とは
喪失とは

大切な誰かを失うことは、苦痛に満ちた出来事であり、人生最大の試練と言われています。失って初めて、人は死別がこれほどつらく、悲しいものだと実感することが多いものです。

 

重大な死別体験のあとには、悲しみ以外にも、怒りや罪責感、落ち込みなど、あらゆる種類の思いもよらない感情に苦しめられます。また不眠や極度の疲労感など、身体にもさまざまな症状が出現します。これらの症状は悲嘆反応と呼ばれますが、時には永遠に続くのではないかと思うほど強く、その人の人生や生活そのものを圧倒することがあります。

 

悲嘆反応は非常に個人差があるものですが、一方で、多くの人に共通して見られるものもあります。あらかじめそれを知っておくことで、死別を体験したとき、悲しみに対処しやすいと言われています。

 

また支援する人にとっても、大切な人を失った悲しみを理解しておくことで、ご遺族の置かれている状況やニーズ、抱えている問題を早く察知し、より適切に対応できるようになると言われています。

悲嘆反応とは

悲嘆(グリーフ)を理解する上で、まず大切なことは、人によってさまざまな表れ方をするということです。代表的な悲嘆反応は以下のようなものですが、個人差があります。

 

【起こりやすい感情】

1.ショック・無感覚・麻痺

起こったことが現実でないように感じる、ぼうぜんとなる、感覚が麻痺したようになる。
*周囲からは冷静に見え、悲しんでいるように見られないこともある。

 

2.否認

事実を認めたくない、受け入れられない。

 

3.絶望感・無力感

生きていく意味が見出せない、希望を失う、何かをする力が出ない、自分も人生を終えてしまいたいとさえ思う。

 

4.恐れや不安

自分自身がコントロールできないことへの恐れ、ひとりぼっちになってしまうのではないかという恐れ、同じことがまた起こるのではないかという恐れ、この世界が危険に満ちており安心できないという恐れなど。

*音やにおい、感触などで、恐れや悲しみが引き起こされたり、パニックを引き起こすこともある。

 

5.悲しみ

その人が帰ってくることがない、もう会えない、元の生活に戻ることはないという悲しみ。

 

6.思慕

亡くなった人を慕い、会いたいという強い気持ち。

 

7.怒り

死が起こったことに対する怒り(神や運命への怒り)、死の場面やその状況・原因に関わった人への怒り、自分の気持ちを理解してくれない人への怒り、なぜ自分の家族が…という不公平に対する怒り、あるいは家族を助けることができなかったという思いからくる自分自身への怒りなど。

 

8.後悔や自分を責める気持ち

「あの時、もっと~していれば(~しなければ)…」「自分のせいで…」と思う、もっと守れたのではないか、自分だけがどうして生き残ったのだろうと思う気持ち。

*特に大切な人を亡くしたあとは、survivor’s guilt(生存者罪悪感)と呼ばれる自分責める気持ちが強く出ることが知られている。

 

9.奇跡を願う気持ち

「どこかで生きているのでは」「生き返るのでは」と希望を持ち続けようとする気持ち。

 

10.恥

自分は役に立たない、以前のように行動できない、すぐにめそめそしてしまう、その死別に対して人はなんと思うのだろう、と自分を恥じる気持ち。

 

【起こりやすい思考、行動、身体症状など】

1.反すう、取りつかれ(死や故人を繰り返し思い起こすこと)

亡くなった時のことや故人のことが繰り返し頭に浮かぶ、故人のことばかり考える、そのたびになぜそれが起こったのか、なぜ自分なのか、どうすれば防げたのかと考え続けてしまう、死に関する悪夢や故人の夢を見る、など。

 

2.集中力の欠如

今やっていることに集中できない、思考力や判断力が低下しているように感じる、など。

 

3.行動の変化

以前より泣く、一日中ぼんやりしている、その出来事や故人を思い出すことを避ける、今までなかった行動をとる(過剰に忙しくする、引きこもる、アルコールや薬物の量が増えるなど)、故人の持ち物などに固執する、など。

 

4.起こりやすい身体症状

食欲の低下、眠れない、極度の疲労感(疲れやすさ)、胸の圧迫感、頭痛や腹痛、めまい、口の渇き、のどのつまり、息苦しさ、体に力が入らない、血圧や心拍数の増加、音やにおいなどへの過敏さ、など。

 

5.家族や友人などとの人間関係への影響

家族や友人がいても孤独に感じる、一方で誰かにいてもらわないと不安になる、など。

 

※Cruse Bereavement Care:災害用 遺族向けリーフレット「Coping with trauma and loss」などを参照

悲嘆のプロセス

死別後の悲嘆(グリーフ)の回復過程は、直線的ではなく、行きつ戻りつしながら進むことが知られています。

 

 

【起こりやすい現象】

悲嘆のプロセス(過程)で生じるさまざまな反応は、個別性の強い固有の体験ですが、以下のような共通して見られるいくつかの現象もあります。

 

1.悲嘆の波

悲嘆過程では、いつも同じように悲しいのではなく、ある時は感情がわっと噴き出し、ある時には収まるといった大きな振幅を持つ感情の波が繰り返されます。

*一見元気そうに見えても、それは波が収まっている時かもしれません。悲しみは通常、思っているよりもずっと長く続くものです。

 

2.記念日反応

大切な人が亡くなった命日(月命日)や、故人の誕生日、クリスマスなどの思い出の日などは、悲しみが引き戻され、何年経ってもつらく感じることがあります。

*記念日は、安心できる人と一緒に過ごすなど、前もって心の準備をしておくと良いでしょう。

 

3.役割喪失

大切な家族を失うと、その人との関係の中で存在していた自分の役割がなくなります。たとえば、妻(あるいは夫)としての役割、親としての役割などです。それによる環境の変化は大きく、また、自分の存在価値を失ったように感じることもあります。

*新しい環境に慣れるには時間も必要です。人と比較せず、自分のペースで少しずつ、新しい環境での自分の役割を見つけていきましょう。

 

【悲嘆のプロセス】

悲嘆のプロセスを段階で分ける人もいます。

たとえば下記の図は、Parkes(1972)の4段階です。このような段階は、順に進むとは限らず、行きつ戻りつしたり、2つの段階が一緒に進むこともあります。

悲哀の4つの課題

悲嘆(グリーフ)によく似た言葉に、「悲哀(mourning)」という言葉があります。一般には、喪失に対する反応を「悲嘆」、喪失後に時間の経過に伴い変化する心理過程を「悲哀」と言います。

また、「悲哀(mourning)」は、「喪」という言葉で訳される場合もあります。心の中の悲しみを悲嘆(グリーフ)、外に表される悲しみを「喪(モーニング)」というように使い分ける人もいます。

 

Worden(2008)は、大切な人を失った人には、悲哀で取り組むべき4つの課題があると述べました。悲哀は、時間が経てば自然に癒える受け身的なプロセスというよりも、むしろ、つらくともその人自身が以下の課題に能動的に取り組むプロセスであると考えられています。悲しむこと自体が、悲嘆の回復には意味があり、必要なことなのです。

 

【Wordenの悲哀の4つの課題】

第1の課題  喪失の現実を受け入れる

  • その人が逝ってしまい、もう戻ってくることはないという事実に直面する。
  • 葬儀などの伝統儀式は、多くの遺族を死の受容に導く手助けになる。

 

第2の課題  悲嘆の苦痛にむきあう

  • 悲嘆の苦痛を回避すると、悲哀を長引かせることがある。

 

第3の課題  亡くなった人のいない環境に適応する

  • 亡くなった人との関係や、亡くなった人が担っていた役割によって、新しい環境への適応は異なった意味を持つ。
  • 個人の世界観の問い直しが迫られ、喪失の意味を探ろうとする。

 

第4の課題  亡くなった人との情緒的に再配置し、自分の新しい生活に力を注ぐ

  • 心の中に、亡くなった人を新たに適切に位置づける(そっとそばで見守ってくれている、心の中でいつも一緒に生きていく、など)。
  • 亡くなった人を苦痛なく思い出せるようになった時、悲哀は完了したとみなせる。

 

※Worden JW (2008) :Grief Counseling and Grief therapy:A handbook for the Mental Health Practitioner. 4th edition. Springer Pub Co. より抜粋

悲嘆への対処

悲哀の過程は、通常、山あり谷ありで進行し、少し回復してきたように思っても、何かの誘因ですぐにまた深い悲しみに沈みこむことを繰り返します。しかし、再び悲しみがぶり返しても、前と全く同じ状態に戻るのではありません。少しずつ死の現実を理解し、大切な人がいない生活を認識し、故人との思い出を偲びながらも、新しい生活や役割、人間関係に目を向けているようになってきます。

 

悲嘆(グリーフ)への対処は、「悲しみに向き合う過程(喪失志向)」と「新しい生活に取り組む過程(回復志向)」の間を揺らぎながら、どちらかに偏り過ぎることなく、バランスよく交互を行き来できることが大切であると言われています (Stroebe 1999) 。

 

「悲しみに向き合う過程(喪失志向)」では、悲しみや心の痛みを感じながら、自分なりの喪の作業*を行います。一方の「新しい生活に取り組む過程(回復志向)」では、現実の生活に着目し、気晴らしをしながら、新しい役割や力を注げることを見つけていきます。

 

回復に要する時間は、死の状況や衝撃度、その人の資質や過去の経験などによって、非常に幅があります。数ヶ月で落ち着く人もいれば、何年もかかる人もおり、人それぞれです。ほかの人と比べず、自分のペースで少しずつ元気になっていくことが大切です。

 

*喪の作業:泣いたり、人に話をしたり、仏壇に手を合わせたりといった悲嘆過程の中で心に折り合いをつけていくための行為のこと

 

※Stroebe M, Schut H (1999) :The dual Process Model of coping with bereavement. Death Studies 23:197-224.

悲嘆を長引かせる要因

悲嘆(グリーフ)は、死別に伴って誰にでも起こりうる正常な反応ですが、特に災害によるご遺族は、突然、予期せず大切な人を失うため、悲嘆が長引く危険性があります。

次のような要因が重なっている場合は自分だけで抱え込まず、できるだけ周囲や支援機関のサポートを受けるようにしましょう。また、支援者の方は、特に注意して見守って下さい。

 

  • 故人が、かけがえのない大切な存在であった場合
  • 同時に、または連続して多くの死別や喪失が重なっている場合
  • ご遺族自身が死の原因に直接的・間接的に関与したと自分で強く感じている場合
  • 遺体が見つからない場合
  • ご遺体の損傷が著しいなど、ショックを受けるような状況を目撃している場合
  • 故人と生前に葛藤や愛憎関係にあった場合
  • 過去に未解決な喪失体験がある場合
  • 何らかの心の病にかかったことがある、あるいは現在かかっている場合
  • 災害以前から不安を感じやすい人の場合
  • 悲しみを話せる人がいなく、孤立している場合
  • 子どもや思春期の人たちが、大切な人を亡くした場合
  • 死別によって経済的な困難が大きい場合
  • 何らかの訴訟問題や法的措置が絡んでいる場合

 

※瀬藤乃理子、丸山総一郎 (2010):『複雑性悲嘆の理解と早期援助』緩和ケア20(4):338-342頁などを参照

複雑性悲嘆とうつ病

大切な人を亡くしたあとに、つらく悲しい気持ちが続くことは自然なことです。しかし、時にはそれが長い期間、激しく続き、日常生活に支障をきたしてしまうことがあります。もし死別後の悲しみが何ヶ月も変わらず、落ち着くどころか逆に苦痛が増していたり、新しい生活や人生に目を向けることができない場合は、「複雑性悲嘆」や「うつ病」といった、深刻な問題のサインである可能性も考えられます。

 

「複雑性悲嘆」は、大切な人を亡くした悲しみが激しいままの状態が続いていることをさします。大切な人の死を受け入れられなかったり、いつまでもその人のことが頭から離れず日常生活が混乱したり、人間関係に支障が出たり、その人のいない人生に意味が持てない、といった状況が見られます。その症状が、死別のつらさや亡くした人への思いや愛しさに、密接に関連していることが特徴です。

 

一方の「うつ病」は、抑うつ的な気分、意欲の低下、睡眠障害(早朝覚醒など)、食欲の低下、集中力の低下、希死念慮などが見られます。「うつ病」では、憂うつな気持ちや絶望感が続き、生活全般に対して悲観的になることが多いのに比べ、「複雑性悲嘆」では、愛する故人に関連した激しい苦痛や悲しみを伴った症状が表れます。

 

お薬は悲嘆(グリーフ)そのものを治すことはできませんが、うつ病の症状や不眠を改善することができます。複雑性悲嘆では、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの疾患が合併していることが多いといわれています。眠れない、気持ちの落ち込みが続く、苦しくて生活に支障が出ている、死にたい気持ちになる、などの症状で困られている方は、死別に詳しいメンタルへルスの専門家(精神科医や心療内科医、心理職など)に相談することが大切です。お薬やカウンセリングによって、症状を改善できる可能性があります。

あいまいな喪失

「あいまいな喪失」は、ミネソタ大学のPauline Boss博士が提唱する概念です。「死別」は確実にその人を失ったことが明らかですが、喪失の中には、そうでないものもあります。

たとえば、行方不明でご遺体が見つからない場合、その人が亡くなっているという確証がなく、ご家族はその人への気持ちをどのように整理すれば良いのか、わからなくなります。そして、その喪失のあいまいさが、悲しみを凍結させ、悲嘆が長引いたり、家族の関係を難しくしたりします。

 

そのため、Pauline Boss博士は、「あいまいな喪失」と通常の死別とは、支援を行う上でも分けて考える必要があると述べています。あいまいな喪失で苦しむ家族のことを、「遺族」と呼ぶこともありません。

 

Pauline Boss博士の「あいまいな喪失」理論は、喪失の状態を説明するものであって、それを病気として扱うわけではありません。起こっている状況に「あいまいな喪失」と名づけ、気持ちに区切りをつけることができない原因は、その人に問題があるのではなく、起こっている状況があいまいなためであると考えます。

 

また、家族の関係性に問題がでやすい「あいまいな喪失」では、家族療法の考え方を用いて、家族の回復する力(レジリエンス)を高めることで、家族の結びつきを高める支援が大切であると説いています。

 

あいまいな喪失理論とその支援方法の詳細については、このウェブサイトの姉妹版である

「あいまいな喪失情報ウェブサイト http://al.jdgs.jp/ 」をご覧ください。

トラウマと喪失

災害に巻き込まれることは、強い恐怖感を伴うトラウマ体験(心的外傷体験)になることがあります。また、災害によって大切な人を亡くすということは、大きな喪失体験でもあります。災害で大切な人を亡くしたとき、トラウマ体験と喪失体験の両方が同時に起こり、遺された人たちに、混乱と強い苦痛を引き起こします。

 

これらの反応は、災害後、さまざまな形で出現します。思い出される記憶や感情は、全くコントロールできないほど脅威的で、気がおかしくなってしまったかのように感じることもあれば、現実感がなく、涙も出ないこともあります。

 

また、その人が亡くなるという出来事(トラウマ)は、ご遺族にとって忘れてしまいたい、心から排除してしまいたい記憶である一方で、亡くした人(喪失の対象)は決して忘れたくない、かけがえのない存在です。その両者の矛盾を抱えながら心に整理をつけていくことは、特に大変なプロセスです。その人を思い出す時の苦痛が和らぐには、時間も必要です。

 

しかし、多くの人たちは時間の経過とともに、亡くなった人とは「ずっとつながっている」という感覚を次第に持てるようになり、苦痛も少しずつ減少していきます。死別直後は苦しみが永遠に続くようにも感じることがありますが、誰にも自分の悲しみを癒す力が備わっています。多くの場合、自分ではコントロールできないほどの出来事が起こったとしても、人は再び新しい人生を歩むことが、少しずつできるようになります。

 

その日が来るまで、ご遺族は自分を責めずに、自分に対して優しい気持ちをもつことが大切です。また、周囲の人たちも、その方の回復のペースに合わせて、苦痛のときもそっと寄り添うことが大切です。

子どもの悲嘆

家族や友人を亡くすことは、子どもの人生にとって非常に大きな出来事です。死別は、子どもの環境、人間関係、精神的健康、性格形成といったその後の発達に、大きな影響を及ぼすといわれています。一方で、子どもは周囲からの十分なサポートがあれば、大人以上に死別からの回復力があることがわかっています。

 

1.子どもの悲嘆反応

子どもは、大人とは、悲しみの表現方法が異なると言われています。

大人の場合は、通常死別後数ヶ月は非常に強い悲嘆反応を示し、時間の経過とともに少しずつ落ち着いてきます。

一方、子どもの場合は、悲しみは成長過程の中で常に存在し、形を変えて表現されます。たとえば、誕生日や思い出の日、学校への入学、卒業、就職、結婚といった時に、その人がいない現実を実感し、そのたびに悲しみや寂しさ、孤独感など感じることが多いのです。その結果、子どもが大切な人の死を理解し、受け入れるには、年月がかかると言われています。

 

 

2.さまざまな悲嘆の表れ方

子どもにあらわれる悲嘆反応はさまざまで、不安や悲しみを強く見せる子もいれば、逆に無邪気に遊んでいたり、何事もなかったように振る舞う子どももいます。悲嘆が身体面(寝つきの悪さ・食欲不振・頭痛や腹痛など)に表れる場合もあります。また、夜泣きや指しゃぶりなど、年齢より子供っぽくなる場合もあれば、逆に大人びた行動をとる子どももいます。学童期以降では、学業不振が続く場合もあります。

 

このように「目に見える」行動は、周囲の大人にとって見つけやすいものです。しかし、外に表出しづらい「目に見えない」思いや、潜在的な感情があることにも配慮する必要があります。特に6歳を超えると、「自分が死を防げたのではないか」と自責の念を感じるようになり、それが子どもの自尊感情を低下させることがあります。

 

また、大人が子どもを悲しませないようにと、死に関する事実を伝えなかったり、通夜や葬儀などの儀式への参加を制限したりする場合があります。子どもに対しても、正直に、年齢に応じた理解しやすい言葉を使って、大人がきちんと説明することが大切です。

 

子どもは大人から、悲しみへの対処の方法を学びます。子どもだからと蚊帳の外に置かず、子どもの悲しみに寄り添う姿勢が大切なのです。