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悲嘆(グリーフ)とは
専門家に求められる力

災害時やその後の心のケアに関わる専門家は、目の前に展開する多様な現実や対象に心を開いて関わりながら、同時にそれらと向かい合っている自分自身をありのままに見守ることのできる器を培っていくことが求められます。

 

体力的にも心理的にも厳しい状況の中で燃え尽きずに仕事を継続していくためには、優先順位を決めて必要な休息を取ること、すべてを自分一人で抱え込まずにチームとして取り組む姿勢を確立しておくことも必要です。同時に、相手が必要としているものを知り、何をどう提供するのか、どこにどうつなげてゆくのかを見定め続けていく視点を養う必要があります。

 

そのためには、一つの強い思いや考えが湧き上がってきた時、そうしたエネルギーを自覚し、受けとめながら巧みに距離を取り、落ち着いて開かれた心を回復するための自分なりの工夫を身につけておくとよいでしょう。呼吸や足の裏の感覚などを意識してみる、簡単なストレッチをする、歩行の中で全身のバランスを感じてみるなどを身につけることで、短い時間でも気分転換し集中しリラックスすることが可能です。

 

相手のためになりたいという利他の心や思いやりを最もよく生かすためには、まずは自らをケアし整えておくことが大切になります。共感しつつも自他の違いを自覚していられること、不確実性の波にもまれながらも今ここにとどまり安らげること、専門的な知識や技術を持ちながらも初心者としての素直さや謙虚さを持ち続けられること、より良いものを目指しながらも完璧ではありえない自分を受け容れていくことなど、それらを心がけることが人間としての器を培ってくれます。そしてその器の中で、いろいろな出会いがお互いの成長へと導いてくれるのです。

災害による3つの体験

災害時の人々の心理反応の多くは「異常な状況下における正常な反応」であると捉えることが大切です。そのため、心理的問題を治療する・修正するというよりも、正確な情報を伝え、その状況への適応力や回復力を高め、人々がその状況に自分で対処していけるように支えていく支援が重要となります。ただし、中には精神保健上の問題が深刻になり、専門家が関わったり、治療が必要だったりする場合があります。

 

災害による心理反応は、以下の3つの体験に起因します。

1.喪失体験

大切な人やものを失うという「喪失体験」に起因するものです。災害時の悲嘆反応は、長期化したり、複雑化したりする危険性があります(=複雑性悲嘆)。またグリーフ(悲嘆)は、うつ病や不安障害、心身症、実際の身体疾患を合併しやすいことが知られています。

 

2.外傷体験(トラウマ)

「外傷体験(トラウマ)」に起因するものです。外傷体験は、自分あるいは自分の親しい人たちが生命の脅威にさらされ、強い恐怖、無力感、戦慄を感じることによって生じます。トラウマ反応が長期化すると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や抑うつ、アルコール依存などを引き起こし、治療が必要な場合があります。

 

3.二次的に発生するストレス

災害後に二次的に発生するストレスに起因するものです。被災者は災害により、家や家財の喪失、失職などによる環境の変化や、避難所生活を余儀なくされるために、多くの二次的なストレスが生じます。これらの生活上のストレスは精神的な負担をもたらし、場合によってはうつ病や心身症、不安障害を引き起こす要因となる場合があります。

 

したがって、災害後のメンタルヘルスの問題は、PTSDばかりに着目するのではなく、複雑性悲嘆やうつ病、心身症、アルコール依存などにつながる危険性にも、留意しておく必要があります。

災害時の情報伝達の注意点

情報は、災害で家族や近親者と離ればなれになり、その生死もさだかではない被災者にとって、非常に重要なものです。暴力的あるいは不確実な状況の中では、なおさらです。

 

以下は、災害急性期に情報伝達を行う際の注意点です。ただし、どのように情報を伝え、コミュニケーションをとっていくかは、災害の性質や、行方不明者の安否確認の状況などによって異なります。

 

1)コミュニケーション

〇多くの被災者はまず、いったい何が起きたのか、自分の家族や近親者の所在や安否はどうなっているのか、現時点でどのような救援が行われているのか、といったことを知りたがっています。災害急性期、多くの人の気持ちは高ぶっており、とても不安な状態にあります。被災者の悲しみや窮状に寄り添いつつ、被災者が不安に思うこと、聞きたいことを正確に把握することが大切です。

 

〇わかっていることに関しては、できるだけはっきりと具体的に話しましょう。また、まだ判明していない事柄や、それを解決するために現在行われている活動、そして今後予定されている活動ついても、はっきりと伝えておく必要があります。

 

〇災害の種類によって、被災者のニーズは多様です。最も困難な中にいる被災者の状況を正確に理解するために、複数の機関が連携し、アウトリーチを進め、その被災者に関わる中で、情報伝達と心理的サポートを提供します。(「アウトリーチにおける注意点」参照)

 

2)情報伝達

〇被災者の情報伝達経路を明確にしておくことは、大変重要です。被災者がどこにいけばその人が望む詳しい情報を得られるのか、それがわかるのはいつ頃か、その手段や手続き方法などについて、災害後のできるだけ早い段階に、その経路を整えていくようにします。

 

〇人為災害やテロのような場合には、刑事問題や法的措置が生じる可能性を考慮し、その複雑な手続きに関する情報伝達経路を整えることも大切です。

 

〇情報伝達は、被災者だけでなく、救援者にも必要です。災害時には、救援者もまた命の危険にさらされ、大きな外傷や喪失を負う危険性があります。また、被災者に適切な対応をとるためにも、救援者に正確な情報をいかに伝達するかが、大変重要です。救援者に対しても、災害の状況に精通し、経験豊かで共感性の高い人やシステムによる支援が必要となります。

 

〇公機関の情報は、複数のメディアやインターネット、紙媒体を通し、さまざまな手段で広く知らせる必要があります。

 

 

災害急性期の被災者の心理的支援の多くは、介入的支援ではありません。支援の目的は、どんな急性期の反応に対しても判断せずに受け入れ、相手に寄り添うことであり、相手が話したければ話し、質問されれば穏やかに応え、相手のニーズに合わせて段階的に手をさしのべていきます。その中で、情報提供は被災者が今後の見通しをたてるための重要な手段になります。

詳しくは、「サイコロジカル・ファーストエイド」のページも参照して下さい。

 

 

*このページはBeverley Raphael博士に特別に提供頂いた “ Loss and grief; disaster deaths, their implication and ,management”の原稿を参考に作成しました。

アウトリーチにおける注意点

災害時の支援として、現場に出向いて被災者と面接したり、電話や書簡などにより被災者の現状やニーズを把握するといった「アウトリーチ」は、非常に重要な対応の1つです。

 

被災者自身がアクセスできる電話などのヘルプラインを災害早期に設置することも、アウトリーチに含まれます。2001年のNYのテロ後も、そのヘルプラインが被災者支援に大きな役割を果たしました。

 

個別的な関わりをもつ場合には、まず何の支援ができるかについて、具体的に自己紹介を行います。

(例)

「私は〇〇なのですが、何かお手伝いできることはありますか?」「私は〇〇なのですが、もし必要なことがあれば、いつでもお声かけ下さい。」

 

大切なことは、アウトリーチを担当する人たちの対応です。対応する人には、次のようなことが求められます。

1. 思いやりのある協力的な対応

2. 被災者の多様なニーズの理解

3. 一貫性のあるアドバイスと一般的な支援

4. その人の訴えを、必要に応じて適切な支援につなぐ技術

(電話を個別訪問につなぐ、ハイリスクの人を専門的治療につなぐ、など)

 

アウトリーチを適切に行うためには、事前に十分なトレーニングを受けておく必要があります。また、可能であれば、支援後にスーパービジョンを受けたり、支援者間でインフォーマルな形で互いの経験をシェアすることも、有用だといわれています。

 

家族や近親者が亡くなった被災者の支援には、遺族の喪失と悲嘆について理解し、また遺族が行わなければならない複雑な手続きについて、十分な専門的知識を有していることが必要です。また、遺族の支援者は、ひどく損傷した遺体の状態にも、ある程度慣れておく必要があります。

 

災害で近親者を亡くすことは、トラウマを引き起こすほどの大きなストレスです。そのような過酷な状況の被災者と関わることは容易ではありませんが、まずは被災者の優先度の高い要求に積極的に取り組むことで、支援の方向性が見えやすくなります。

 

特に家族が死亡している可能性を認める初期の段階では、「無表情」「何もなかったように振る舞う」「感情的に泣き叫ぶ」といった様々な行動が、出現することもあるでしょう。遺族のトラウマ反応と悲嘆反応の両者を理解し、被災者の回復力と病理性に対して、両者とも憶測せずに、適切に対応することが大切です。

 

 

*このページはBeverley Raphael博士に特別に提供頂いた “ Loss and grief; disaster deaths, their implication and management”の原稿を参考に作成しました。

災害中・長期の遺族支援

災害による死別が他の死別と異なる点は、災害の場合、住居や家財道具の被害や喪失、経済的損失、コミュニティの崩壊など、他にも多くの喪失体験が重なる可能性があることです。

避難所や仮設住宅での生活を余儀なくされるなど、生活の基盤を喪ってしまった場合、じっくりと亡き人のグリーフワーク(喪の作業)に取り組むことなく、生活再建に追われてしまい、ずいぶん年月がたってから、死別の喪失感を実感するということも珍しくはありません。

中長期の遺族支援のポイントとして、以下のことを留意して下さい。

 

〇安全の確立

災害による死別は「トラウマ」も伴っていることが多く、たとえ「心のケアの専門家」であっても、相手との信頼関係など「安全が確立した状況」でなければ容易に心の内を語ることは難しいでしょう。そのため、専門家の所に自分から訪れることは少ないですし、訪れたとしても、災害からずいぶん年月が経ってからになる可能性もあります。

 

〇抑圧した悲嘆

悲嘆が通常のプロセスをたどらず、身体症状として表現されるなど、抑圧された形で現れることもあります。もし身体症状を中心に訴えられる方がいた場合、不用意に心の奥底を聞き出そうとすることなく、遺族のニーズに寄り添うことが大切です。

 

〇記念日反応

重大なことが起こった日の前後に心が大きく揺さぶられることを記念日反応といいます。死別においても「記念日反応」はつきものですが、災害の場合、マスメディアを通じて、社会的にも記念日がクローズアップされやすくなります。回復に向かっている他の被災者と比較されるなど、二次的に傷つけられるリスクも上がる場合があります。

遺族支援における注意点

このウェブサイトの他のページでも触れていますが、災害時の遺族支援は、大変難しいと心得て下さい。

 

その理由の1つとして、喪失に適応する期間や方法は個人差が大きく、回復が早い人もいれば、長く問題をかかえる人もいます。問題の起こり方も多様で、ある人は何らかの活動で「過覚醒」状態で適応する人もいれば、悲嘆に「浸りきる」人もいます。

自分のやり方で少しずつ前に進むので、そっとしておいて欲しいと望む人もいれば、積極的に支援ネットワークや専門家の支援を望む人もいます。また、その人自身の問題というより、「家族関係」の問題や、コミュニティからの「孤立」による問題もあります。

 

しかし、どのような場合であれ、どのような時期であれ、遺族支援を行う支援者に一貫して求められる力は、「その人の過酷な体験を理解し、その人がもつニーズ・脆弱さ・強さに応じて、適切な支援を適合させること」です。災害時の遺族の悲嘆は、強い痛みを伴い、複雑で、長期にわたるため、この支援は長期間フォローアップされる必要があります。

 

以下は、特に災害時の遺族支援で考慮されるべき点を挙げてみました。

 

1. 死因の説明は、特に繊細さが必要です。ショックをできるだけ避ける配慮と、正しい情報提供が、のちの心理的回復に影響を与えます。そのため、特に警察との協力が必要な場合があります。

 

2. 多くの人が亡くなる災害では、行方不明の家族を探すために、その家族が多数の遺体を目撃することがあります。そのことは、トラウマを一層深刻にする危険性があるため、できる限り遺族が多数の遺体を目撃しないようにする配慮と、事後のサポートが重要となります。

 

3. 9.11のNYテロにおいて、タワーが墜落する画像が多くの人の心に影響を与えました。特にこのような大惨事のイメージが遺族の頭に焼きつくと、強烈なトラウマのために、喪失に向き合うことが困難になります。そのため、喪失について語ることはできるのは、長い年月が経過してからになることも少なくないということを、心にとめておく必要があります。

 

4. 故人が苦しんだかどうかについての質問は、遺族から頻繁に生じます。答えを出せないこともありますが、即死や即座に意識不明になったことが明らかな場合は、比較的、対処がしやすくなります。支援者は、共感的で現実的な対話をもち、安心できる場を提供することで、遺族自身が「物語」を語る中で、この問題に向き合うことを助けることができます。

 

5. 遺体が見つからない場合は、特にその家族の回復な困難となります。その場合の支援については、

「あいまいな喪失情報ウェブサイト http://al.jdgs.jp/  」をご参照下さい。

 

 

*このページはBeverley Raphael博士に特別に提供頂いた “ Loss and grief; disaster deaths, their implication and ,management”の原稿を参考に作成しました。